入れ歯を使い始めた時期と重なるように物忘れが増えると、「入れ歯が原因なのでは?」と心配になることがあります。歯や噛む機能と認知機能については研究が進められており、両者に一定の関連がみられるという報告があります。しかし、入れ歯を装着したこと自体が物忘れを引き起こす、と単純に考えることはできません。
むしろ重要なのは、歯を失ったこと、入れ歯が合っているか、十分に噛めているか、食生活が変化していないかといった点です。さらに、物忘れには睡眠不足、ストレス、加齢、薬の影響、病気などさまざまな原因があります。この記事では、入れ歯と物忘れ・認知機能について現在の研究から分かっていることと、気になる場合に確認したいポイントを整理します。
入れ歯をすると物忘れが増えるとは限らない
まず押さえておきたいのは、「入れ歯を装着したから認知機能が低下する」という因果関係が確立されているわけではないという点です。入れ歯を使い始めた後に物忘れを自覚したとしても、時期が重なっただけという可能性もあります。
一方、歯の喪失や咀嚼機能と認知機能には関連性があることが複数の研究で報告されています。歯の喪失が多い人ほど認知機能低下や認知症のリスクが高い傾向を示した研究がありますが、これは「歯を失えば必ず認知症になる」という意味ではありません。
2024年に公表された咀嚼機能と認知状態についてのシステマティックレビューでも、噛む機能が低いことと認知状態の低さに関連を認めた研究が複数ある一方、因果関係を明らかにするにはさらに長期的な研究が必要とされています。[参照]
むしろ注目されているのは「歯の喪失」と「噛む力」
入れ歯そのものより注目したいのが、天然歯を失ったことと、その後に十分な咀嚼機能を確保できているかどうかです。歯が少なくなると食べ物を細かく噛みにくくなり、食べられる食品の種類が変化することがあります。
例えば、以前は肉、野菜、ナッツなどを普通に食べていた人が、入れ歯が痛いという理由から、おかゆ、麺類、パン、柔らかい加工食品ばかり選ぶようになるケースがあります。この場合、問題は単に「入れ歯を使っていること」ではなく、入れ歯で十分に噛めないことによって食生活や生活習慣まで変わっていることです。
歯の喪失と認知機能についてのメタ解析では、歯の喪失が多い人では認知機能低下や認知症との関連がみられています。一方で、入れ歯を使用している人では、その関連が弱まる可能性を示した研究もあります。[参照]
入れ歯は認知機能に悪いどころか、適切な補綴にはメリットが期待される
「入れ歯=脳に悪い」と考えるのは適切ではありません。失った歯を入れ歯などで補い、再び噛める状態を作ることには大きな意味があります。
2025年に公表されたシステマティックレビュー・メタ解析では、歯を失ったままで入れ歯を使用していない人では認知機能障害との関連が大きかった一方、入れ歯で歯を補っている人ではその関連が小さくなる結果が報告されています。ただし、対象となった研究は観察研究であり、入れ歯によって認知症を予防できると断定できるものではありません。[参照]
また、歯科治療や口腔ケアによって認知機能が改善するかを調べた2024年のシステマティックレビューでは、一部の研究で認知機能への好影響が確認されたものの、明確な改善効果を断定できるほどのエビデンスはまだ不足しているとされています。[参照]
入れ歯にしてから物忘れが気になるときに確認したいこと
入れ歯を作った後から物忘れが増えたように感じる場合には、入れ歯だけを原因と決めつけず、まず生活全体の変化を振り返ってみることが大切です。
- 入れ歯でしっかり食べ物を噛めているか
- 噛むと痛い場所がないか
- 入れ歯が外れたり動いたりしないか
- 食べられる食品が以前より減っていないか
- 体重が急に減っていないか
- 睡眠時間が不足していないか
- 最近新しく飲み始めた薬がないか
- 強いストレスや生活環境の変化がなかったか
例えば、「入れ歯にしてから物忘れが増えた」と感じていても、詳しく振り返ると「入れ歯が痛くて食事量が減った」「夜に何度も目が覚めている」「新しい薬を飲み始めた」という別の変化が見つかることがあります。
入れ歯が合わず十分に噛めないのであれば、我慢して使い続けるのではなく歯科医院で調整してもらうことが重要です。入れ歯は一度作れば永久に調整不要というものではなく、歯ぐきや顎の状態の変化などによって適合状態が変わることがあります。
物忘れには入れ歯以外にも多くの原因がある
「物忘れ」と一言でいっても原因はさまざまです。年齢に伴う正常な変化だけでなく、睡眠不足、疲労、ストレス、気分の落ち込み、飲酒、薬の副作用などによって集中力や記憶力が低下したように感じることがあります。
そのため、入れ歯を入れた時期と物忘れを自覚し始めた時期が同じだったとしても、それだけで因果関係を判断することはできません。入れ歯の調整は歯科医師に相談し、物忘れそのものについて心配がある場合は医療機関に相談するというように、問題を分けて考えるのが現実的です。
特に、同じことを何度も尋ねる、薬の管理ができなくなった、慣れた場所で道に迷う、料理や支払いなど以前できていた日常生活が難しくなったといった変化がある場合には、「年齢のせい」「入れ歯のせい」と自己判断せず、早めにかかりつけ医などへ相談することをおすすめします。
入れ歯を快適に使うためにできること
入れ歯を使っている場合には、「装着できているか」だけでなく「実際に食事を十分に噛めているか」が重要です。痛み、浮き上がり、外れやすさなどがある場合は、歯科医院で噛み合わせや適合状態を確認してもらいましょう。
また、入れ歯だけでなく残っている歯や歯ぐき、舌などを清潔に保つことも大切です。入れ歯は毎日適切に清掃し、残存歯がある場合には歯磨きを続けます。口腔内の状態は時間とともに変化するため、定期的な歯科受診も役立ちます。
そして、食事では「柔らかいものだけ」に偏らないよう、現在の咀嚼能力に合わせながらさまざまな食品を摂取することも意識したいところです。入れ歯で食べにくい食品が多い場合には、食べ方だけで対応するのではなく、まず入れ歯の状態を確認してもらうとよいでしょう。
まとめ:入れ歯と物忘れを単純な原因・結果として考えないことが大切
現在の研究では、歯の喪失や噛む機能の低下と認知機能との間に関連がある可能性が示されています。一方で、入れ歯を装着したことそのものが物忘れを引き起こす、と断定できる根拠はありません。
むしろ歯を失った状態を入れ歯などで適切に補い、十分に噛める状態を維持することの重要性を示す研究があります。ただし、入れ歯によって認知症を予防できるとまで断定することも現時点ではできません。
入れ歯にしてから物忘れが気になる場合は、まず歯科医院で入れ歯の適合や噛み合わせを確認し、それと並行して睡眠、食事、服薬、体調なども振り返ってみましょう。物忘れが急に悪化した場合や日常生活に影響が出ている場合には、入れ歯だけの問題と考えず、かかりつけ医や物忘れ外来などの医療機関へ相談することが大切です。


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