知能検査や発達検査を受けるとき、長期間の不登校や家庭事情などによって義務教育を十分に受けていない場合、教育を受けた期間の短さが検査結果に影響するのではないかと疑問に思うことがあります。実際、知能検査の成績と教育歴には関連がみられることが知られているため、検査で得られた数値だけを見て単純に判断するのは適切ではありません。
一方、現在の知的障害(知的発達症・知的能力障害)の診断は、学校の成績やIQだけで決まるものでもありません。知的機能だけでなく、日常生活に必要な適応機能や発達歴などを含めて総合的に評価します。ここでは、教育を十分に受けていない人が知能検査を受けた場合に何が起こり得るのか、検査結果と知的障害の診断をどのように区別して考えればよいのかを解説します。
義務教育を十分に受けていないと知能検査の結果に影響することはある
まず押さえておきたいのは、教育歴が知能検査の一部の成績に影響する可能性はあるという点です。成人用ウェクスラー式知能検査などを扱った研究では、教育や文化的背景と検査成績との間に関連があることが報告されています。
学校教育では、語彙、一般的な知識、文章を理解する経験、計算、問題を一定時間内に処理する経験などを長期間積み重ねます。そのため、同じ潜在的な能力を持つ人であっても、こうした経験が極端に少なければ、一部の課題で不利になる可能性があります。
例えば、幼少期からほとんど学校へ通えず、家庭でも読み書きや計算を学習する機会がなかった人と、同じ年齢まで継続して学校教育を受けた人では、知識や学習経験に差が生じることがあります。これは必ずしも生まれつきの知的能力の差だけを意味するものではありません。
教育・文化的背景とウェクスラー式知能検査の成績との関連については、複数研究を検討したシステマティックレビューでも報告されています。[参照]
低いIQが出ただけで知的障害と診断されるわけではない
ここが特に重要です。知能検査で低い数値が出たことと、医学的に知的障害と診断されることは同じではありません。厚生労働省の資料で示されているDSM-5に基づく説明では、知的能力障害では知的機能の欠陥、適応機能の欠陥、そしてそれらが発達期に生じていることが診断上重要になります。[参照]
適応機能とは、簡単にいえば日常生活や社会生活を送るための能力です。例えば、お金を扱う、時間や予定を理解する、他人と意思疎通する、安全を判断する、仕事をする、身の回りのことを行うといった能力が関係します。
そのため、知能検査の数値が低かったとしても、その理由が教育機会の不足、言語・文化的背景、心理状態、検査への慣れ、体調などと関連している可能性があるなら、検査結果だけから機械的に知的障害と結論付けることはできません。
知的障害の診断では「これまでどのように生活してきたか」も重要
知的障害を評価するときには、検査室で数時間行った検査だけでなく、これまでの発達や生活状況も重要な情報になります。幼少期の言葉の発達、学校へ通っていた時期の様子、読み書きや計算をどのように習得したか、日常生活でどの程度の支援が必要だったかなどを確認することがあります。
例えば、学校にはほとんど通えなかったものの、成人後は一人で買い物をし、公共交通機関を利用し、金銭を管理し、仕事の手順を覚えて自立した生活を送っている人がいたとします。このような場合、検査の一部で低い成績が出ても、日常生活上の適応能力を含めた評価が必要になります。
反対に、学校教育の不足とは別に、幼少期から言葉や理解の発達に明確な遅れがあり、成人後も複数の日常生活場面で継続的な支援が必要という場合には、発達期からの知的機能・適応機能について詳しく検討されます。
日本小児神経学会も、知的障害について、概念的・社会的・実用的な領域における知的能力と適応機能の両面を含む障害として説明しています。[参照]
「軽度」という重症度もIQだけでは決めない
かつてはIQの数値によって知的障害の程度を分類するイメージが強くありました。しかし現在の診断基準では、重症度についても適応機能が重視されています。厚生労働省のDSM-5に関する資料では、重症度について「学力領域」「社会性領域」「生活自立能力領域」の具体的状況から判断することが示されています。[参照]
したがって、「IQがこの数字だから軽度知的障害」というような一対一の対応で考えると、現在の診断の考え方とはずれが生じます。IQは重要な情報ではありますが、診断全体の一部分として扱われます。
日本小児神経学会の学術論文でも、DSM-5では生活活動や社会生活への適応を評価して診断し、知能検査を確認要件として位置付ける考え方が紹介されています。[参照]
知能検査の数字だけを単独で解釈しないことが大切
知能検査には「数字が出る」という特徴があるため、例えばIQが70前後などと表示されると、その数字だけに目が向きがちです。しかし、心理検査は血液検査のように一つの数値だけで特定の状態を確定するものではありません。
知能検査の解釈について扱った専門家の論文でも、検査結果の数値だけでは解釈できず、本人が抱えている問題や日常の様子、検査中の行動観察などと照らし合わせることが必要だと説明されています。[参照]
例えば、検査当日に極端な睡眠不足だった、強い緊張があった、日本語の理解に難しさがあった、学校教育をほとんど経験していなかったなど、結果を解釈するうえで重要な事情があれば、それを検査担当者に伝えることが大切です。
教育を受けられなかった事情は検査時に伝えておく
義務教育を十分に受けていない場合には、単に最終学歴を「中卒」と伝えるだけではなく、実際にどの程度学校教育を受けたのかを説明すると、検査結果を解釈するための重要な情報になります。
例えば「中学校は卒業扱いだが、小学校高学年からほとんど登校していない」「家庭の事情で読み書きを十分に習う機会がなかった」「不登校だったが、自宅学習は継続していた」では教育経験が大きく異なります。同じ「中卒」という表記だけでは、この違いは分かりません。
また、学校へ行けなかった理由も重要になる場合があります。学習する機会そのものがなかったのか、それとも授業内容を理解することが難しくて登校できなくなったのかでは、評価の際に考えるべき背景が異なるためです。分かる範囲で幼少期から現在までの状況を伝えると、より適切な評価につながります。
発達検査と知能検査、診断はそれぞれ別物
日常会話ではWAISなどの知能検査を含めて「発達検査」と呼ぶことがありますが、医療機関などでは目的に応じて複数の心理検査や評価方法が使われます。そして、心理検査を受けること自体と医師による診断は同じではありません。
心理検査は、その人の得意・不得意や認知機能などを把握するための材料になります。診断が必要な場合には、その結果に加えて問診、発達歴、生活状況、適応機能、必要に応じた他の検査などを総合して医師が判断します。
そのため検査結果を受け取ったときは、IQなどの数字だけを見るのではなく、「教育歴を考慮するとこの結果をどう解釈するのか」「日常生活の能力を含めるとどのような評価になるのか」を担当の医師や公認心理師・臨床心理士などに確認することが有用です。
まとめ:教育歴の影響と知的障害の診断は分けて考える
義務教育を十分に受けていない場合、教育や学習経験の少なさが知能検査の一部の成績に影響する可能性はあります。そのため、検査で低い数値が出る可能性そのものを否定することはできません。
しかし、知能検査の点数が低いことだけを理由に知的障害と診断するわけではありません。現在の診断では知的機能に加え、日常生活・社会生活における適応機能や発達期からの経過を総合的に評価することが重要です。
学校へほとんど通えなかったなど特殊な教育歴がある場合は、その事情を検査担当者や医師へ具体的に伝えておくことが大切です。検査結果は単独の数字で自己判断せず、教育歴や生活歴を把握した専門家から説明を受けることで、その人の実際の能力や必要な支援をより適切に理解しやすくなります。


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