10代・20代など若い世代のメンタルヘルスが話題になると、「現代社会のストレスが原因なのでは」「嫌な環境なら変えればよいのでは」「本人の努力で防げるのでは」といったさまざまな意見が出てきます。しかし、医学的な意味でのうつ病(うつ病性障害)は単なる気分の落ち込みや仕事への不満とは異なり、社会的・心理的・生物学的な要因が複雑に関係して生じる病気と考えられています。
そのため、「現代の日本だからうつ病になる」「本人が努力しなかったからうつ病になる」という一つの理由だけで説明することはできません。また、ネット上で見かける「若者のうつ病が増えた」という表現についても、何の統計を比較しているのかを確認する必要があります。
ここでは、若い世代とうつ病の関係、発症に関係する要因、環境を簡単に変えられない理由、そして「努力不足」と捉えることの問題点を医学・公衆衛生上の考え方から整理します。
そもそも「若者のうつ病が増えた」は何を意味するのか
最初に注意したいのは、「精神科を受診する若者が増えた」「うつ病と診断された人が増えた」「抑うつ症状を訴える若者が増えた」は、それぞれ別の指標だということです。受診者数が増加したとしても、それだけで人口に占めるうつ病そのものの発症率が同じ割合で増加したとは断定できません。
たとえば、メンタルヘルスに関する知識が広まり、以前なら我慢していた人が医療機関へ行くようになれば、受診者や診断される人は増えます。医療へのアクセス、社会的な偏見の変化、診断や調査方法、人口構成なども統計に影響するため、「昔より患者数が多い」という数字だけで原因まで説明するのは慎重であるべきです。
一方、うつ病が若い人には関係のない病気というわけでもありません。WHO(世界保健機関)は、うつ病は誰にでも起こり得る一般的な精神疾患であり、学校生活や仕事、人間関係など生活の幅広い領域に影響すると説明しています。[参照]
したがって「10代・20代が本当に増えているか」を論じる際には、対象となる年代、調査年、診断された患者数なのか症状を持つ人の割合なのか、といった統計の定義を確認することが重要です。
うつ病になる原因は一つではない
うつ病について特に誤解されやすいのが、「仕事がつらかったから」「人間関係に弱かったから」のように一つの原因を探そうとする考え方です。WHOは、うつ病について社会的・心理的・生物学的要因の複雑な相互作用によって生じると説明しています。[参照]
社会・環境面では、失業、死別、経済的な問題、学校や職場での問題、孤立などがリスクに関係する場合があります。一方で、遺伝的な要素、身体疾患、心理的な特性なども関係する可能性があります。そのため、同じ会社で同じ仕事をしている二人でも、一人は健康に生活でき、もう一人にはうつ病が生じることがあります。
厚生労働省の資料でも、うつ病についてストレスだけが原因なのではなく、環境要因・ストレス、本人側の要因、遺伝的要因や慢性的な身体疾患など、複数の要因が複雑に関係して発症すると説明されています。
つまり、「ストレスの多い社会=全員がうつ病になる」という関係ではありません。同様に、ストレスが比較的少ない生活を送っている人が健康だからといって、別の人もうつ病にならないとは限りません。
「環境が原因なら変えればいい」が難しい理由
環境調整がうつ病の予防や回復に役立つことはあります。過重労働が問題なら仕事量を減らす、職場環境が深刻なら休職や転職を検討する、人間関係による負担が大きければ距離を置く、といった対応が有効になるケースはあります。
しかし現実には、環境は本人の意思だけで自由に変更できるものではありません。仕事を辞めれば収入を失う可能性がありますし、家族を養っていれば本人だけの判断では済まないこともあります。学生なら学校、未成年なら家庭環境から簡単に離れられないケースもあります。
WHOも、メンタルヘルスには個人の要因だけでなく、家族、地域社会、経済状況、貧困、不平等など多様な要素が影響するとしています。健康状態をすべて個人の選択だけに帰することは適切ではありません。[参照]
たとえば月収25万円で一人暮らしをしている人が職場の強いストレスに悩んでいるとしても、「明日会社を辞めよう」と簡単には決められません。家賃、食費、社会保険、転職活動中の生活費などを考えれば、環境から離れたいと思っていても離れられない状況は十分に起こります。
ネットで仕事ができる時代でも全員が同じ選択をできるわけではない
インターネットによって働き方の選択肢が広がったことは確かです。Web制作、プログラミング、動画制作、デザイン、EC、オンラインでのサービス提供など、会社へ毎日出勤しなくても収入を得られる仕事は存在します。自営業やフリーランスという働き方が合う人にとっては、大きなメリットになるでしょう。
ただし、「オンラインで収入を得られる手段が存在すること」と「誰でも現在の仕事を辞めて生活できるだけの収入をオンラインで得られること」は別です。必要な技能、営業力、初期資金、収入が安定するまでの生活費、家庭事情などは一人ひとり違います。
さらに、会社員から独立すること自体がストレスを減らすとは限りません。収入が不安定になること、営業・経理・納税・顧客対応を自分で行うこと、仕事と私生活の境界が曖昧になることなど、自営業特有の負担もあります。
したがって、会社員が合う人、自営業が合う人、在宅勤務が合う人などがいるのであって、一つの働き方をすべての人のメンタルヘルス対策として当てはめることはできません。
うつ病になると「環境を変える力」そのものが低下することがある
ここは、うつ病を理解するうえで特に重要なポイントです。うつ病になると、単に悲しい気分になるだけではありません。WHOは症状として、強い疲労、集中力低下、将来への絶望感、睡眠や食欲の変化などを挙げています。[参照]
そのため、健康な状態なら「嫌なら転職先を探そう」「副業を始めよう」「勉強して資格を取ろう」と考えられる人でも、症状が重くなると求人を見る、メールを書く、食事を作るといった比較的小さな行動さえ大きな負担になることがあります。
例えば転職するには、求人検索、応募書類の作成、企業研究、面接、退職手続きなど複数の判断と行動が必要です。ところが集中力や判断力、エネルギーが大きく低下している状態では、それらを実行するハードルそのものが高くなります。
これは「変わりたいと思っていない」という意味ではありません。病気によって行動するための能力が低下し、その結果として環境から抜け出しにくくなるという循環が起こり得ます。
「努力不足だからうつ病になった」とは考えられない
うつ病を努力不足の結果として説明することにも医学的な無理があります。病気の発症リスクと本人の努力量は同じものではありません。十分努力している人でもうつ病になることはありますし、仕事や勉強を頑張り続けた結果として負荷が積み重なっている場合もあります。
また、「もっと早く努力すれば環境を変えられたのでは」という考え方には、結果を知った後だからそう判断できるという問題があります。本人が元気だった時点では、数年後にうつ病になることを正確に予測できません。
例えば順調に働いていた人に配置転換、家族の病気、介護、離婚、経済問題などが重なることもあります。それ以前に「将来うつ病になるかもしれないから独立できる能力を身につけておくべきだった」と求めるのは現実的ではありません。
努力や生活上の工夫に意味がないということではありません。睡眠、運動、人とのつながり、ストレスへの対処、必要に応じた環境調整などは大切です。ただ、予防のためにできることがあることと、発症した人に責任があることは別問題として考える必要があります。
「今の日本でうつにならない方がおかしい」という表現も正確ではない
SNSなどでは「こんな社会ならうつになって当然」「うつにならない方がおかしい」といった表現も見られます。社会への批判や苦しさを表現する言葉として使われているのでしょうが、医学的には正確な説明ではありません。
厳しい社会環境や経済的不安、孤立などが精神的健康のリスク要因になることはあります。しかし、それらにさらされた人が必ずうつ病になるわけではありません。一方で、外から見て恵まれた環境にいる人でもうつ病になる可能性があります。
WHOも、精神的健康を左右するリスク要因と保護要因には、個人、家族、地域、社会構造など幅広い要素があると説明しています。つまり「社会だけが原因」「本人だけが原因」という二択では捉えられません。[参照]
うつ病と「つらい気分」も区別して考える必要がある
日常会話では「仕事が嫌で鬱」「今日は鬱だ」のように「鬱」という言葉が広く使われています。しかし医学的なうつ病と、一時的に気分が落ち込んでいる状態は同じではありません。
WHOでは、うつ病のエピソードについて、抑うつ気分や興味・喜びの喪失などが長期間続き、集中力低下、疲労、睡眠や食欲の変化、自己評価の低下などを伴う状態として説明しています。症状の数や程度、生活機能への影響などを踏まえて医療者が評価します。
したがって、ネット上で「若者は鬱が多い」という書き込みを大量に見たとしても、その全員が医療機関でうつ病と診断されているとは限りません。統計について考える場合には、日常語としての「鬱」と医学的な「うつ病」を分ける必要があります。
まとめ|うつ病を「社会か本人か」の二択で考えないことが大切
10代・20代のメンタルヘルスを考える際、「現代社会が悪いから」「本人が努力しなかったから」という単純な説明では、うつ病の実態を十分に捉えられません。うつ病は、社会的・心理的・生物学的な複数の要因が関係する精神疾患です。
環境を変えることで改善につながるケースはありますが、経済状況、家庭、学校、仕事などの事情から簡単には変更できない人もいます。そしてすでにうつ病を発症している場合には、疲労や集中力・判断力の低下などによって「環境を変える」という行動自体が難しくなることがあります。
一方で、「現代の日本に生きていればうつ病になって当然」という理解も適切ではありません。同じ社会に暮らしていてもリスク要因と保護要因は一人ひとり異なります。
自分に合った仕事や生活環境を探し、ストレスを減らす工夫をすることには大きな意味があります。しかし、それができた人の経験をそのまま他者へ当てはめないことも同じくらい重要です。うつ病を理解するときは「本人の努力か環境か」ではなく、その人の身体・心理・生活・社会環境を含めて考えることが、より医学的な理解に近いといえるでしょう。

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