WISC(ウェクスラー式知能検査)を数年おきに受けると、以前と比べて指標得点が大きく変化することがあります。特に「処理速度が以前は非常に高かったのに、再検査では平均域になった」といった結果を見ると、能力そのものが急激に低下したのではないかと心配になるかもしれません。
しかし、WISCの得点は身長のように本人の能力を直接かつ固定的に表す数値ではありません。検査時の状態、各下位検査の成績、実施条件、測定誤差なども含めて解釈する必要があります。一つの指標得点だけで「知能が低下した」「処理能力が失われた」と判断するのは適切ではありません。
WISCの「処理速度」とは何を測っているのか
WISC-Vでは、言語理解、視空間、流動性推理、ワーキングメモリー、処理速度という5つの主要な領域があります。処理速度指標(PSI)は、このうち比較的単純な視覚情報を素早く正確に処理する力に関係する指標です。WISC-Vの開発元であるPearsonも、処理速度を主要指標の一つとして位置付けています。[参照]
つまり処理速度は、「頭の良さ全体」や「考える能力そのもの」を単独で表す得点ではありません。限られた時間の中で、視覚的な情報を見分け、手を動かしながら正確に課題を進めるといった特定の能力を反映しています。
例えば、難しい算数の問題をじっくり考えて解く力が高い子どもでも、単純な記号を素早く探したり書いたりする課題では時間がかかることがあります。その場合、推理に関する指標と処理速度の指標に大きな差が生じることがあります。
処理速度が135から88など大きく変化することはある?
WISCの再検査では得点が前回と完全に同じになるわけではありません。心理検査の得点には測定誤差があり、Pearsonの技術資料でも、得点には本人の能力だけでなく一定の測定誤差が含まれるため、信頼区間を用いて得点の精度を考える必要があると説明されています。[参照]
ただし、135から88のような47ポイントの差は、単に「数ポイント上下した」という程度ではありません。これだけ大きな差が確認された場合には、数字だけを見て能力低下と結論付けるのでも、逆に「検査だからよくあること」と片付けるのでもなく、検査を担当した心理職などに前回と今回の結果を比較してもらうことが重要です。
特に確認したいのが、処理速度を構成している下位検査の得点です。指標得点だけでは、「処理速度に関係する課題が全般的に低かった」のか、「特定の下位検査だけが大きく低かったため指標得点が下がった」のかが分かりません。この違いによって解釈は大きく変わります。
検査当日の状態によって成績が変わる可能性もある
処理速度の課題では、制限時間内で素早く作業することが求められるため、その日のコンディションについても確認する価値があります。疲労、眠気、緊張、集中状態、課題への取り組み方などによって、普段の力を十分に発揮できなかった可能性も検討します。
例えば、時間を気にして急いだ結果ミスが増える場合と、間違えないよう一つずつ慎重に確認して時間がかかる場合では、同じように得点が低くなっていても背景は異なります。検査者は得点だけでなく、こうした検査中の行動も含めて結果を解釈します。
また、小学4年生から小学6年生になれば本人も成長していますが、WISCの得点は単純な「できた問題数」そのものではなく、基本的に同年齢集団との比較をもとに標準化された得点です。そのため、「2年間成長したのだから必ず得点も上がる」という性質のものではありません。
前回と今回でWISCの版や検査条件が同じか確認する
再検査の結果を比較するときには、前回と今回で同じ検査を受けているかも重要です。例えばWISC-IVとWISC-Vでは検査構成が同一ではありません。PearsonもWISC-IVとWISC-Vの間では規準集団や測定する構成概念などの違いにより、合成得点に差が生じる場合があると説明しています。[参照]
そのため、古い結果表と新しい結果表を並べて数値だけ比較するのではなく、検査の版、各下位検査、指標の構成、信頼区間、検査時の様子まで含めて比較することが大切です。
同じWISC-Vを受けている場合でも、実施方法や検査者から見た本人の様子について確認すると有益です。結果報告書に検査中の行動について記載されている場合は、そこも読み返してみましょう。
「処理速度が下がった=知能が下がった」ではない
WISCで特に注意したいのが、処理速度指標だけを本人の知的能力全体と同一視しないことです。WISC-Vには複数の主要指標があり、それぞれ異なる認知領域を評価します。
Pearsonは、一般知的能力指標(GAI)について、FSIQよりもワーキングメモリーと処理速度の影響を受けにくい指標として説明しています。これは逆に言えば、処理速度と推理能力などは分けて検討する意味があるということです。[参照]
例えば、言語理解や流動性推理などが前回と同程度なのに処理速度だけ大幅に変化しているケースと、複数の指標が一緒に変化しているケースでは意味が違います。WISCは「IQはいくつだったか」だけを見る検査ではなく、どの領域が相対的な強み・弱みになっているのかというプロフィールを見ることが重要です。
大きな得点差があったときに確認したいポイント
再検査で予想以上の差が出た場合には、まず検査を実施した心理士・公認心理師などに説明を求めるのが確実です。その際には「なぜ下がったのでしょうか」とだけ質問するより、次の点を具体的に確認すると状況を理解しやすくなります。
- 前回と今回でWISCの版は同じか
- 処理速度を構成する各下位検査はそれぞれ何点だったか
- どちらか一つの下位検査だけ極端に低くなっていないか
- 今回の得点の信頼区間はどの程度か
- 検査中に集中の途切れ、疲労、慎重すぎる作業などは見られなかったか
- 他の主要指標にも前回から大きな変化があるか
- 学校生活や家庭での実際の様子と今回の結果が一致しているか
例えば学校では以前と変わらず素早く課題をこなしているのに、検査の処理速度だけが大幅に低下しているなら、その不一致自体が重要な情報になります。一方、最近になって板書に時間がかかる、時間制限のある課題が難しくなったなど、日常生活にも変化があるなら、それも検査者へ伝えるべき情報です。
再検査の数値は「点」ではなく経過として考える
定期的にWISCを受けている場合、目的は毎回同じ数字が出ることを確認することではありません。発達に伴って認知プロフィールがどう変化しているのか、それが学習や日常生活とどう関係しているのかを考えるための資料として利用することに意味があります。
そのため、一度の大きな得点変化だけから原因を特定することはできません。必要に応じて学校での学習状況、本人や保護者への聞き取り、その他の心理・発達検査なども組み合わせて総合的に評価します。WISCの開発元も、検査結果について複数の指標やプロセス得点などを分析して認知プロフィールを解釈する方法を示しています。[参照]
大幅な変化が気になる場合には自己判断で短期間に検査を繰り返すのではなく、今回の検査担当者に前回の結果表も提示し、比較解釈を依頼する方法が適切です。
まとめ
WISCの処理速度は、視覚的な情報を素早く正確に処理する能力などを評価する指標であり、知的能力全体そのものを示す数値ではありません。再検査では得点が変動する可能性がありますが、135から88のような非常に大きな変化が出た場合は、単なる能力低下とも単なる誤差とも決めつけず、詳しく内容を確認する必要があります。
確認すべきなのは、前回と今回の検査の版、処理速度を構成する下位検査、信頼区間、他の指標の変化、検査当日の様子、学校や家庭での実際の状態です。これらを合わせて見ることで、数字だけでは分からない背景が見えてきます。
特に子どもの発達を継続的に確認する目的でWISCを受けている場合には、今回の結果だけを切り離して判断せず、過去の結果を検査担当者に見せたうえで比較してもらうことが大切です。得点は診断そのものではなく、その子の現在の認知特性を理解し、必要な学習・生活上の支援を考えるための一つの資料として活用するのが基本です。


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