冠動脈CT(冠動脈CT angiography/CCTA)では、心臓の動きによる画像のブレを減らす目的で、検査前にβ遮断薬を使って心拍数を下げることがあります。「普段は心拍数70~80なのに、薬で60前後まで下げて脳や全身への血流は大丈夫なのだろうか」と不安になる人もいるでしょう。
結論からいうと、適応を確認したうえで医療者が血圧や心拍数を監視しながら行う心拍数調整では、「心拍数が下がった=脳や全身への酸素が不足する」という単純な関係にはなりません。心拍出量は心拍数だけではなく、一回の拍動で送り出す血液量である一回拍出量にも左右されるためです。
一方、β遮断薬には徐脈や血圧低下などの副作用があり、誰にでも無条件で投与する薬ではありません。検査前には血圧、心拍数、心電図、喘息、心不全、伝導障害、服用中の薬などを確認し、安全に使用できるかを判断します。
この記事では、冠動脈CTで心拍数を下げる理由、心拍数を60前後にしても酸素不足にならない仕組み、β遮断薬の副作用や使用できないケース、最近のCT装置と心拍数との関係について解説します。
- 冠動脈CTで心拍数を下げるのはなぜ?
- 必ず心拍数60以下にしないと撮影できないわけではない
- 心拍数を70から60に下げると脳への血液も減る?
- 安静時心拍数60前後そのものは異常な低さではない
- β遮断薬はどのように心拍数を下げる?
- 心拍数を下げると酸素不足になるとは限らない理由
- β遮断薬にも副作用はある
- 検査前に心拍数だけでなく血圧や病歴も確認する
- 普段の心拍数が70~80でも「身体が70以上を必要としている」とは限らない
- 心拍数を下げることは心臓の酸素消費を減らす方向にも働く
- 心拍数が下がりすぎた場合には対応できる
- 冠動脈CTのβ遮断薬で後遺症が残る可能性は?
- 高性能CTならβ遮断薬を使わないこともある
- 不整脈がある場合は単純な心拍数だけでは判断しない
- 検査前に医師へ伝えておきたいこと
- β遮断薬以外にニトログリセリンを使うこともある
- 検査後にこんな症状があればスタッフへ伝える
- 心配なら検査前に「どの薬をどの程度使う予定か」を確認できる
- まとめ:心拍数を60前後に下げても、それだけで脳が酸素不足になるわけではない
冠動脈CTで心拍数を下げるのはなぜ?
冠動脈CTでは、心臓の表面を走る数mm程度の細い冠動脈を撮影します。しかし心臓は検査中も絶えず拍動しているため、動きが速すぎると写真でいう「手ブレ」のようなモーションアーチファクトが生じ、冠動脈がぼやけて見えることがあります。
そのため心拍数をある程度下げると、1回の心周期の中で心臓の動きが比較的小さくなる時間を長く確保でき、冠動脈を鮮明に撮影しやすくなります。
日本循環器学会の慢性冠動脈疾患診断ガイドラインでも、冠動脈CT前にβ遮断薬を使用する目的として、心拍数を低下させて心臓の動きを抑え、静止した画像を得やすくすることや、撮影方法によっては被ばく低減につながることが説明されています。[参照:日本循環器学会]
必ず心拍数60以下にしないと撮影できないわけではない
冠動脈CTでは、従来から60~65回/分程度以下の心拍数が良好な画像を得やすい条件として使われてきました。しかし、「70以上なら検査不能」「絶対に60以下まで下げなければならない」という意味ではありません。
CT装置の性能は進歩しており、高速撮影が可能な装置では比較的心拍数が高い状態でも診断可能な画像が得られる場合があります。また患者の心拍リズム、撮影装置、撮影方法などによって目標心拍数は変わります。
つまり目標心拍数は機械的に全員を60以下へ落とすための数字ではなく、「安全に可能な範囲で画像を撮りやすい状態へ整える」ための目安です。
心拍数を70から60に下げると脳への血液も減る?
ここで重要なのが、「心拍数」と「全身へ送り出される血液量」は同じものではないという点です。
心臓が1分間に送り出す血液量を心拍出量といい、基本的には心拍出量=心拍数×一回拍出量という関係で考えます。一回拍出量とは、心臓が1回収縮するたびに送り出す血液量です。
例えば心拍数が少し下がると、次の拍動までの時間が長くなるため、心室へ血液が流れ込む拡張期の時間も長くなります。その結果、一回拍出量がある程度増えて心拍数低下を補えることがあります。
したがって「70回/分から60回/分になったから、脳へ送られる血液や酸素も約14%減る」という計算にはなりません。
安静時心拍数60前後そのものは異常な低さではない
成人では安静時心拍数が60回/分前後の人も珍しくありません。運動習慣のある人では、それより低い心拍数でも症状なく生活していることがあります。
重要なのは数字だけではなく、その心拍数で血圧や全身の循環が維持され、めまい、失神、息苦しさ、強い倦怠感などが起こっていないかです。
冠動脈CTの心拍数調整でも、「60という数字に到達させること」自体が目的ではありません。血圧低下などが生じる可能性があれば追加投与を控えるなど、安全性を見ながら調整します。
β遮断薬はどのように心拍数を下げる?
β遮断薬は、交感神経系で働くアドレナリンなどの作用をβ受容体で抑える薬です。心臓のβ1受容体への刺激を抑えることで心拍数や心臓の収縮力を低下させます。
冠動脈CTではメトプロロールなどが使われることがあり、日本では冠動脈CTの心拍数調整にランジオロールという非常に作用時間の短いβ1選択的遮断薬が使用されることもあります。
日本循環器学会のガイドラインでは、ランジオロールの半減期は約4分と短く、検査直前に使用でき、薬効が残りにくい点が特徴として紹介されています。[参照:日本循環器学会]
つまり冠動脈CTでは、必要に応じて短時間だけ心拍数を調整し、検査終了後には作用が比較的速く弱まる薬剤を選択できる場合もあります。
心拍数を下げると酸素不足になるとは限らない理由
身体への酸素供給は、心拍数だけではなく、心拍出量、血圧、血液中の酸素濃度、ヘモグロビン量、各臓器の血流調節など複数の要素で決まります。
また脳には、ある程度の血圧変動があっても脳血流を一定範囲に維持しようとする「脳循環の自動調節」という仕組みがあります。
そのため、正常な循環機能を持つ人の心拍数を医療管理下で70台から60台程度へ下げただけで、直ちに脳が酸素不足になって後遺症を残すというものではありません。
逆に問題になるのは、薬の作用が強すぎて著しい徐脈や低血圧となり、臓器へ必要な血流を維持できなくなった場合です。そのため検査前後に心拍数や血圧を確認します。
β遮断薬にも副作用はある
冠動脈CTで使われるβ遮断薬は一般に安全性を確認しながら使用されますが、薬である以上リスクがゼロではありません。
代表的には、心拍数が下がりすぎる徐脈、血圧低下、めまいなどが起こる可能性があります。また種類によっては気管支を収縮させる作用が問題になるため、喘息などがある人では特に注意が必要です。
そのほか、房室ブロックなど心臓の電気刺激の伝わり方に問題がある人、循環状態が不安定な人などではβ遮断薬が適さないことがあります。
冠動脈CTに関する臨床指針でも、重い喘息、高度の房室ブロック、低血圧などではβ遮断薬を使用しない、または慎重に判断する必要があるとされています。[参照:NCBI Bookshelf・CT冠動脈造影実施指針]
検査前に心拍数だけでなく血圧や病歴も確認する
心拍数が80だから自動的にβ遮断薬を投与する、という単純な流れではありません。
医療機関では、血圧、現在の心拍数、心拍リズム、使用中の薬、心不全の有無、喘息などの呼吸器疾患、心電図上の伝導障害などを確認したうえで使用を判断します。
例えば、もともと血圧がかなり低い人へ通常と同じようにβ遮断薬を投与すると、さらに血圧が低下する可能性があります。そのような場合には投与しない、量を調整する、別の撮影方法を使うなどの判断が行われます。
「画像をきれいにするためなら患者の循環状態を無視して心拍数を下げる」のではなく、安全性と画像品質の両方を考えて判断しているわけです。
普段の心拍数が70~80でも「身体が70以上を必要としている」とは限らない
安静時の心拍数には個人差がありますが、普段70~80回/分だからといって、その人の身体が生命維持のために最低70回/分を必要としているという意味ではありません。
心拍数は緊張、睡眠、運動、発熱、カフェイン、脱水、自律神経の状態などでも変動します。病院へ行き検査を待っているだけでも、緊張によって普段より心拍数が上昇することがあります。
例えば家では65回/分程度なのに、CT室へ入ると緊張して80回/分になることもあります。このような状態では心拍数を少し抑えても、身体が本来必要としている循環を奪うという意味にはなりません。
心拍数を下げることは心臓の酸素消費を減らす方向にも働く
β遮断薬によって心拍数が低下すると、心臓そのものが行う仕事量や酸素消費量も低下する方向に働きます。
心臓は全身へ血液を送るポンプですが、それ自体も酸素を必要とする臓器です。心拍数が速くなれば一般に心筋の酸素需要も増えるため、β遮断薬は狭心症などの治療にも長く使用されてきました。
したがってβ遮断薬による心拍数低下を「身体を無理に酸欠状態へ追い込む処置」と考えるのは正確ではありません。
ただし、循環状態が悪い人では心拍数を保つことが重要なケースもあるため、そこを医療者が事前に判断します。
心拍数が下がりすぎた場合には対応できる
冠動脈CTで静注β遮断薬を使用する場合には、心拍数や血圧を確認しながら投与量を調節します。
もし症状を伴う強い徐脈や低血圧が起きた場合には、薬剤投与など必要な対応を行える環境で実施されます。CT冠動脈造影の実施指針でも、症候性徐脈・低血圧が生じた場合の対応があらかじめ想定されています。[参照:NCBI Bookshelf]
つまり検査では、薬を飲ませて後は放置するのではなく、心拍数がどこまで変化したか、血圧に問題がないかを確認しながら進めます。
冠動脈CTのβ遮断薬で後遺症が残る可能性は?
適切に患者を選び、通常のプロトコルで心拍数を調整した場合に、「心拍数を60程度へ下げたため脳が酸欠になり、検査後に後遺症が残る」ということは一般的に想定される経過ではありません。
実際、日本の冠動脈CTでβ遮断薬静注による心拍数調整を検討した研究では、平均心拍数を70回/分台から約59回/分へ低下させ、画像品質の改善が確認され、副作用は少数かつ軽度だったと報告されています。[参照:日本放射線技術学会雑誌]
もちろん医療行為に絶対安全はありません。β遮断薬による重度の低血圧・徐脈などのリスクは存在するため、そのリスクが高い人には使用しないなどの対応が必要になります。
「通常の60回/分程度の心拍数」そのものが危険なのではなく、「その人にとって循環が維持できないほど心拍数や血圧が低下すること」が問題です。
高性能CTならβ遮断薬を使わないこともある
最近のCT装置では時間分解能が高くなり、以前より高い心拍数でも冠動脈を撮影しやすくなっています。
そのため施設の装置や撮影方法、患者の状態によっては、心拍数が70以上でもβ遮断薬を使わずに撮影することがあります。
一方、高性能装置でも心拍数が低く安定しているほうが画像品質を改善しやすい場合があります。そのため「新しい機械なら心拍数は完全に無関係」というわけでもありません。
目標心拍数や前投薬の方針は施設によって異なるため、検査予定の病院で確認するのが最も確実です。
不整脈がある場合は単純な心拍数だけでは判断しない
冠動脈CTでは心拍数の高さだけでなく、心拍が規則的かどうかも画像品質に関係します。
例えば平均60回/分でも拍動間隔が大きく乱れている場合と、70回/分でも非常に規則正しい場合では、撮影条件が異なることがあります。
不整脈の種類によっては冠動脈CT自体が適しにくい場合もあれば、最新の装置で撮影できることもあります。
そのため「自分は70以上だから薬を飲まされる」と心拍数だけで予測するのではなく、実際の心電図や使用するCT装置を含めて担当医が判断します。
検査前に医師へ伝えておきたいこと
β遮断薬の安全性を判断するため、既往歴や服用薬は正確に伝えることが重要です。
| 伝えること | 理由 |
|---|---|
| 喘息・強い気管支症状 | β遮断薬の種類によって気管支への影響があるため |
| 低血圧 | 薬でさらに血圧が低下する可能性 |
| 徐脈・不整脈 | 心拍数や伝導への影響を確認するため |
| 心不全や心臓病 | 循環状態に合わせた判断が必要 |
| 普段飲んでいる薬 | β遮断薬などとの相互作用を確認するため |
| 以前の薬による副作用 | 安全な薬剤選択に必要 |
特に自己判断で普段の薬を中止したり、「心拍数を下げたくないから」と検査当日にカフェインなどを大量摂取したりすることは避け、検査施設の指示に従ってください。
β遮断薬以外にニトログリセリンを使うこともある
冠動脈CTでは心拍数を下げる薬とは別に、冠動脈を広げて細い部分まで見やすくするため、検査前にニトログリセリンなどの硝酸薬を舌下投与することがあります。
硝酸薬は血管を広げるため、一時的な血圧低下や頭痛などが起こることがあります。またED治療薬など一部の薬剤との併用では大幅な血圧低下につながるため、服用歴の確認が重要です。
冠動脈CTではこのように複数の薬が使われることがあるので、検査前には常用薬を医療者へ正確に伝えておきましょう。
検査後にこんな症状があればスタッフへ伝える
β遮断薬を投与された後に多少心拍数が低下すること自体は目的どおりの反応ですが、体調の変化があれば我慢する必要はありません。
強いめまい、気が遠くなる感覚、息苦しさ、強い脱力感などがある場合には、その場で医療スタッフへ伝えてください。
冠動脈CTでは造影剤も使用するため、検査中または検査後の体調不良が必ずβ遮断薬によるものとは限りません。症状があれば原因を自己判断せずスタッフへ伝えることが重要です。
検査後の帰宅方法や薬の影響について個別の指示を受けた場合には、その内容を優先してください。
心配なら検査前に「どの薬をどの程度使う予定か」を確認できる
心拍数を下げること自体に不安がある場合には、検査前に担当医や放射線科スタッフへ相談して構いません。
「普段の心拍数は75程度ですが、どのくらいまで下げる予定ですか」「β遮断薬を使用する可能性はありますか」「血圧が下がりすぎないか心配です」と具体的に質問すると説明を受けやすくなります。
冠動脈CTの撮影方法は病院のCT装置によっても異なるため、一般論よりも実際に検査する施設からの説明が重要です。
薬の必要性、目標心拍数、安全性について納得してから検査を受けることは自然なことです。疑問を遠慮して隠す必要はありません。
まとめ:心拍数を60前後に下げても、それだけで脳が酸素不足になるわけではない
冠動脈CTでβ遮断薬を使用する主な目的は、心拍数を下げて心臓の動きを少なくし、細い冠動脈を鮮明に撮影することです。日本循環器学会のガイドラインでも、心拍数調整による画像品質の向上や、条件によっては被ばく低減につながることが説明されています。[参照:日本循環器学会]
普段70~80回/分の人を一時的に60回/分前後へ調整しても、「心拍数が約20%減ったから脳への酸素も約20%不足する」という仕組みではありません。心臓が1分間に送り出す血液量は心拍数だけではなく一回拍出量にも左右され、身体には臓器への血流を調節する仕組みがあります。
一方で、β遮断薬によって心拍数や血圧が下がりすぎれば問題になる可能性があるため、誰にでも無条件で使用するわけではありません。喘息、高度の房室ブロック、低血圧、循環状態が不安定な場合などでは使用を避けたり、慎重に判断したりします。[参照:NCBI Bookshelf]
また近年の高性能CTでは比較的高い心拍数でも撮影できるケースがあり、すべての人を絶対に60以下へ下げるわけでもありません。薬を投与する場合も心拍数や血圧を見ながら安全な範囲で調整します。
したがって、適切な事前評価と監視のもとで行われる冠動脈CTの心拍数調整を、「脳を一時的な酸欠状態にして撮影する検査」と考える必要はありません。ただし個々の心臓病、血圧、喘息、使用薬などによって安全性は異なるため、自分の場合に心配があるなら検査前に担当医へ「目標心拍数と使用予定の薬」を確認するのが最も確実です。


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