メンタルが追い詰められているときに体験する「幻聴」「幻視」という言葉は、実際の症状とイメージが噛み合わず、混乱や不安を強めやすいものです。本記事では、はっきり見える・聞こえるタイプの幻覚だけでなく、「そんな気がする」「頭の中で責める声が流れる」といった体験がどのように位置づけられるのかを、できるだけ整理して解説します。
一般的に言われる「幻聴・幻視」の定義
医学的に狭い意味で使われる幻聴・幻視は、「実際には存在しない刺激を、現実の感覚として知覚する状態」を指します。つまり、視界に人や物がはっきり見えたり、外から声が聞こえてくるように感じたりする状態です。
このタイプの幻覚は、本人にとって非常にリアルで、「本当にそこにある」「実際に誰かが言っている」と感じられることが多いのが特徴です。注視しても消えず、周囲の説明でも否定できないほどの確かさを伴うことがあります。
「気配」「視線」「なんとなくいる感じ」は何なのか
一方で、メンタルが弱っているときによく語られるのが、「カーテンの隙間に何かいる気がする」「誰かに見られている感じがする」といった体験です。これらは注視すると実体がないと分かり、理性では否定できる場合が多いものです。
このような体験は、厳密には典型的な幻視とは区別され、「錯覚」「過覚醒」「被害的な認知の強まり」などとして説明されることが多いです。脳が常に危険を探すモードになり、曖昧な刺激を過剰に意味づけてしまう状態と言えます。
頭の中で流れる責める声は幻聴なのか
「自分を責める言葉が勝手に再生される」「誰かに言われた言葉が頭の中で繰り返される」という体験も、多くの人が不安になります。しかしこれらは、多くの場合“内的独白の暴走”や“反すう思考”に分類されます。
このタイプの声は、鼓膜で聞こえる音として外から来るわけではなく、「自分の思考だと分かっている」「止めたいのに止まらない」という特徴があります。医学的には幻聴と呼ばれないことも多いですが、精神的な苦痛の強さは決して軽いものではありません。
連続して考えると見えてくるスペクトラム
重要なのは、「幻覚か、そうでないか」という二択ではなく、症状が連続したグラデーションとして存在している点です。完全に現実と区別がつかない幻覚から、理性で否定できる違和感、強い不安や思考の暴走まで、同じ線上に並ぶと考えると理解しやすくなります。
メンタルが死んでいる状態では、脳の疲労やストレスにより、このスペクトラムの中で症状が行き来しやすくなります。そのため、「これは幻聴なのか?」と悩むこと自体が、状態のしんどさを表しているとも言えます。
受診や相談を考える目安
はっきりと見える・聞こえる体験が増えてきた場合や、現実との区別が難しくなってきた場合は、早めに専門家へ相談することが大切です。一方で、理性で否定できる違和感や内的な声であっても、日常生活に支障が出ているなら十分に相談対象になります。
「この程度で行っていいのか」と迷う必要はありません。症状の種類よりも、本人がどれだけつらいかが重要です。
まとめ
メンタルが限界のときに現れる体験は、はっきりした幻聴・幻視だけでなく、「気がする」「頭の中で責められる」といった形でも現れます。それらは全て、脳が疲れ切っているサインです。言葉にできた時点で、状況を客観視する力はまだ残っています。無理に定義に当てはめず、つらさそのものを大切に扱うことが、回復への第一歩になります。


コメント